ロスバケ

航空会社との相性-3

航空会社との相性ってある?酷い目にあったアリタリアでの往復

前回の続きになります。アリタリアでのローマ経由プラハ行き(往路)を前回はお伝えしました。今回は、復路です。往復で問題が発生したわけですが、復路は前代未聞の話になります。

プラハからのローマ経由フィレンツェ便は、午後便でした。プラハの街から空港まではタクシーで空いていれば20分程度です。余裕を持って出発2時間前には空港に到着していました。腹が減っていたので空港でチェコのグヤーシュとクルネードを食べて時間調整。チェコ料理はまったりした味付けが多いですが、好きです。

定刻通りの搭乗となりアリタリアに乗り込みました。ローマでのトランジットは2時間ありましたので、”これなら余裕だな”と一安心。プラハからローマ迄は約1時間45分のフライトです。ローマ到着は17時近くでした。ローマに到着後に乗継便の確認をしたところ45分遅れと出ていました。”45分遅れ。。ま、イタリアでは毎度の事だ、45分程度なら仕方ないな”ってな感じでローマ フィウミチーノ空港でブラブラと時間調整。で、そろそろかなって感じで再び時間を確認すると”90分遅れ”に変わっていました。”またかよ”。。。この後、遅れは120分に変更、そして120分経過した後は”DELAY(遅れ)”のみで時間は出てこなくなりました。”おいおい、いい加減にしてくれよ”ってな感じで、搭乗口ではクレーム客で溢れていました。ローマ到着から実に待つ事6時間以上の23時30分に漸く、搭乗手続きが開始されました。”時間の遅れはあったとしても何故ここまで変更に次ぐ変更なのか?”誰もがブツブツと独り言の様に言い放ち搭乗していきます。

搭乗して異変に気が付きました。往路のフィレンツェーローマ便よりも機体が小さいのです。全員が搭乗出来たと思いますが、座席の横幅が狭いのです。ま、それでも、”無事に乗れて出発だ、やれやれ”ってな思いでした。しかし、搭乗して結構時間が経過しても中々出発しません。なんか、嫌な予感がしました。アナウンスで”搭乗した機は予定していたものと異なり小型となりました。航空法により積載重量に問題があります。16名分の荷物をここローマに残して行く事になります”と。。”えっ、そんなのあり” 機体を変更した事、それが小型化した事は乗客には関係ありませんからね。誰もがそれは怒りました。”いい加減にしろ”怒鳴り声があっちこっちで起こります。キャビンアテンダントへ詰め寄る人達があらわれます。少し静かになり、話がついて解決したのかな?と言う雰囲気になり、”機体を変えてもらえるのかな”と期待をしつつ事の成り行きを待っていたところ、アナウンスで”色々とやってみましたが、8名分の荷物は載せられません、明日でもここフィウミチーノ空港からご自宅へ配送致します”との事でした。勿論、誰もが怒り心頭です。イタリアでこの状況下で配送なんて全くあてに出来ない、そんな事はイタリア人も住んでいる我々もよくわかっています。それでも、機長からのアナウンスで”航空法?なので選択肢はありません”との事でした。誰のスーツケースが落とされるのかわかりません。”ロシアンルーレット”をされている気持ちでした。

出発した時は既に日が変わっていました。1時間位は、機内で押し問答していたと思います。頭の中では落とされる荷物の事ばかり連想しています。

出発して30分位経過したところで又アナウンスです。”到着予定のフィレンツェ空港が時間で閉鎖してしまいました。従って、投機はジェノバの空港へ向かいます。” ”えっ、また、そんな。。なら、事前にフィレンツェ空港へ連絡しておくべきだろ!” ”ジェノバの空港って。。めちゃ遠い。車で4時間は掛かる。そりゃ、酷いだろ”と我々の思いは全くの無視で便はジェノア(ジェノバ)の空港に到着しました。ここでアナウンス”皆様ご心配いりません。バスをチャーターしてありますので、ここジェノアからフィレンツェ空港までお送り致します”との事。”当たり前だろ、他にどうやってこの夜中にジェノアからフィレンツェまで行くんだ”。

ジェノアの空港に到着。さて、自分の荷物が出て来るかどうか?誰もが戦々恐々としています。当たりか外れか?外れた場合、その人(自分かも)には更なる問題が待ち構えています。ここイタリアではそれは苦難となる事は誰もがわかっていますので真剣な面持ちで荷物が出てくるのを待っています。自分の荷物が出て来るとほっとした顔でその場からどんどんと去っていきます。運よく、荷物がきました。その時は”神に感謝”の思いでした。

乗客たちが出口付近に集まっていました。ジェノアまで迎えに来る親族や友人もいた様です。彼らはバスには乗らずに迎えを待っていました。観光バスの様なのが何台か到着しました。我々は、乗り込み、更に約4時間のバス旅行、それも真夜中。

フィレンツェに到着した時間は未だ真っ暗な朝方5時頃です。タクシーもありません。仕方ないので電話でタクシーを呼び、漸く、自宅に到着出来ました。体力も気力も失せていました。全く悪夢のような冗談の様な一日でした。

荷物が来なかった人達の事が頭に浮かびました。誰の荷物が来なかったのか?申し訳ない思いがして”誰がと言うのは”見る事は出来ませんでした。”どうなるんだろう?荷物はちゃんとくるわけがない。たいへんだな。”

番外編 フィレンツェでのロスバケ 

以前、フィレンツェでロスバケがありました。”荷物が到着次第、電話で連絡します”とフィレンツェのLOST LUGGEGEの受付員がやる気のない態度で伝えてきました。今、荷物はどこにあるのか?それもわかりません。その場で押し問答しても受け付けてもらえないのがわかっているので、荷物がないままで帰宅しました。次の日、空港から電話が無いので、こちらから電話を入れましたが終始通話中。何度電話をしても通話中。2日、3日と続けて電話入れても何時も話中。これは電話受付をしない様にしていると思いました(酷いもんです)。仕方がないので、空港へ行きました。フィレンツェの空港は街から30分程度で行けます、とは言え、仕事もありますからね。自営業でなければとても対応出来ませんよね。

空港到着後、LOST LUGGAGEの受付に行き。”もう、4日間も経過しているんですが?” 受付担当の女性は、”ちょっとまって、見てみるから”と、どっちが悪いのかわからない様な態度。で、ほんの5分程度での返事は、”ありませんね。到着したら連絡します”との事。”ちゃんと調べたのかよ?おいおい、3日間、何度も電話しているのに何時も話中だったけど”と言うと、”そう? 電話するタイミングが悪かったんじゃないの?”てな返事。少し怒った感じで”どこにあるのか、何時届くのか?3日間経ってもわからないの?”と伝えると ”わからないわよ! 私のせいじゃないでしょ!”逆切れされました。”そんならここに沢山あるから、自分でも探してみれば”と言われました。えっ、そんなのあり? でも、もしかしたらと期待の気持ちもあり、”なら見させてもらいます”と伝えると入り口を開けてボディチェックも無しで中に入れてくれました。と言うか、”勝手に見て”って感じです。まあ、ないんだろうな、と思いつつ、見てまわると、何とそこにあったのです。それを女性担当者にその場で伝えると、”あなたはラッキーだったわね”と言われました。ラッキー?ってお前がちゃんと見ていなかっただけじゃん。そこには、部屋狭しと沢山のスーツケース類が主人?が来るのを待っていました。ここイタリアでは、ロスバケ=ディレイデリバリーが本当のロストバッゲージ(荷物を失う)になってしまうのでしょうね。

アリタリアとはこの後もロスバケや問題が発生しました。流石に”相性が悪い”と信じる様になりました。アリタリアしかフライトがない場合は列車を乗り継いで目的地へ行くようになりました。”航空会社との相性”はあるんですよね。

航空会社との相性 – 2

航空会社との相性ってある? 写真:alitalia.com

前回の続き、”航空会社との相性” 自身の体験をお伝えします。

アリタリア航空を頻繁に利用していた頃(選択肢がなかった頃)2000年前後の頃が非常に多かったと思います。ロスバケの回数は正確には覚えていませんが、年に5回以上はあったと思います、その他、はっきり記憶にある”酷い目にあった”のが3回ありました。

何でこんなに何度もフライトの問題に遭遇するのだろう?と真剣に考えました。当時、友人、知人もアリタリアを使っています。それどころか、イタリア人は普通にアリタリアを使っています。友達にこの事を話すと”相性悪いんじゃね?” 航空会社との相性?”そんなのがあるか?” 

フィレンツェからチェコのプラハへのアリタリア便往復。ローマ経由でした。往路にロスバケにあいました。ローマに向かう出発便が遅れていました。

心配だったのでチェックインの際に”ローマでプラハ便に乗り換えがある、時間がない”と伝えたところ”大丈夫ですよ、ちゃんと待っててくれます。一応、搭乗後にキャビンアテンダントへ伝えてください”と言われました。”成程、そうすればキャビンアテンダントが接続便に連絡してくれるのだろう” と勝手に解釈しました。で、搭乗後に、”すいません。ローマでプラハ行きの便に乗るのですが、乗り継ぎの時間が間に合いそうにないのです”とキャビンアテンダントへ伝えました。彼女は、”大丈夫、ちゃんとプラハ便に伝えておきますので、安心してください”と言ってくれました。”やった、これで安心だ”と思っていました。

でローマに到着。出発便を確認すると、なんと既に”出発”となっていました。それも定刻どおり。一瞬 頭の中が白くなりました。”なんだよ、ちゃんと二度も伝えたのに”頭に来ていましたが、落ち着くように自身に言い聞かせてアリタリアのデスクに行きました。”お客様は運がいいですね、夕方便に乗れますよ” ?果たしてこれが運が良いのか?ま、とにかく、その便をお願いしてプラハに向かう事になりました。待ち時間が5時間位ありましたが、眠さを我慢して乗り遅れのない様にその便に乗りました。

プラハに到着。プラハの空港は改装したばかりで綺麗でした。チェコはユーロ圏なのでイタリアからの乗客には税関がありません。荷物をピックアップして出るだけです。しかし、荷物が出てきません。同じ便に搭乗した乗客は自身の荷物を拾いどんどんその場を後にしていきます。”やばいな。でも、乗り継ぎは遅れたわけだから荷物は完全に間に合った筈だ”と自分に言い聞かせていましたが、結局、最後まで出てこない。”ロスバケか。なんで?” 気力が失せて、それでも、仕方なく”Lost luggage”のところへ行きました。どうやら、その便でのロスバケは自分だけだった様です。チェコ人?の担当者は、笑顔で丁寧に対応してくれました。”お客様のお荷物は、明朝の便にてプラハに到着します。ご宿泊先にお届けしますか?それとも、こちらに来ますか?”との問いに、早く荷物が欲しかったので”来ます”と伝えました。以前に何度かロスバケ経験がありましたが、自分の荷物がどこにあってどうなるのか?直ぐに返事をもらえたのは、これが初めてでした。”これは信用出来るな”と思い、ホッとした事を覚えています。”チェコ人ってちゃんとしているんだな”って印象をその時持ちました。(イタリアに住んでいるからこそ強くそう思えたのかもしれませんね)

次の朝 伝えられた時刻を1時間程過ぎた頃にプラハ空港へ到着しました。誰に言えばよいのかわからなかったので、荷物を出し入れしていた若い女性に尋ねたところ、”私も丁度ロスバケ荷物を取りに行くところです。一緒に来て下さい。”清々しい綺麗な女性が笑顔で対応してくれました。ボディーチェックをして中に入り待っていたところ荷物を持って来てくれました。非常に気持ちの良い対応でした。何度もチェコを訪問していますが(長期滞在もあります)チェコ人の対応はどこへ行っても悪い印象は一度もありませんでした。無事に荷物もなんとかゲット出来たわけです。ここまでの話なら、その変に転がっているロスバケ騒動の類となりますが、未だ、続きます。このフィレンツェ発ローマ経由プラハ往復は、往路と復路に問題が発生しました。復路は、それこそ前代未聞です。今だからこそ、笑い話になりますが、。。。続きは次回に

航空会社との相性- 1

荷物が来ない?

航空会社との相性ってある? 経験から言ってあると思います。

目的地の空港に到着してスーツケースが出てこない、こんな経験をされた方も少なくないのでは。ロスバケ(ディレイバッゲージ-: 機内預け荷物の到着遅れ)と言われるケースです。

仕事でヨーロッパ内や日本へ頻繁に行き来していた頃は、何度かこれにやられました。幸い完全なる紛失には至った経験はありませんが、それにしても厄介な事です。その内、”トラウマ”になり、飛行機に乗る度に心配になり、荷物が出てくるまで ハラハラどきどき”ちゃんと出て来るだろうか”と心配ばかりしていました。

一番多いのは、乗継便がある場合だと思います。乗り継ぎ地で十分な時間がない場合は搭乗には間に合っても荷物は間に合わないケースがあります。余裕を持って乗り継ぎ地で2時間のトランジットでその後の便を選んでも、最初の出発便が遅れたらその2時間のトランジット時間は消えてしまいます。そして、到着地ではロスバケ(ディレイデリバリー)となるわけです。

”そんな事を心配していたら飛行機にのれないだろう!”その通りですね。ロスバケを出来る限り回避する方法としては、直行便に乗るか、又は経由地で十分なトランジット時間を取る便を選ぶと言う事になります。一番確実なのは機内持ち込みで全て済ますと言う手段ですが、近頃は、機内持ち込み荷物の寸法や重量が厳しくなっているので、余程短期間の旅程でないとそれも難しくなりました。

一般的には、各空港は乗り継ぎギャランティーのミニマム時間があるそうです。例えば、フランクフルトは1時間?、パリは45分?は空港当局がギャランティーすると言う事です。そのトランジット時間内であれば空港は責任を持つと言う事らしいです。しかし、アメリカでテロがあってから手荷物検査等が厳しくなりギャランティーの話は聞かなくなりました。現在に至ってはコロナ禍で更にチェックインまでにも時間が掛かる様になっています。どちらにしても十分な時間を持った乗継便を選択する事ですね。

十分な乗り継ぎ時間を取ったにも関わらず出発便が遅れた為にロスバケの被害にあった。これはもう運しかないのでは? それと

”航空会社との相性”があると思っています。イタリアに住み始めた頃は、ライアンエアーがイタリアに就航したばかりでLCCが未だ普及していませんでした。住んでいたのがフィレンツェだったので日本への直行便もなく、ヨーロッパ各地への便はあったもののフィレンツェ間は割高でした。選択がない事から当時はアリタリアを多用する事になるわけです。

アリタリアは、イタリアのフラッグシップキャリアで日本で言えばJALですね。経営状態が昔から既に悪く(どこの国でも国営は経営体質が悪くなる)、その後も、エアフランスグループ、ルフトハンザ、エティハド等との提携やスポンサーシップを目指したり行ってもらったりしましたが、経営破綻、累積赤字が物凄い額となっており現在は国営となっています。様々な企業が救済プログラムや改革案を提示してやってきた様ですが、その都度、アリタリアの労働組合が立ち塞がり断念されています。

どうもこのアリタリアと相性が悪く何度も酷い目にあいました。

話が長くなるので次回のブログで記載します。